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旅行ねえ・・・

日光白根山(にっこうしらねさん)は、栃木県日光市群馬県利根郡片品村の境界にある標高2,578mの。日光白根山の山体は成層火山であるのですが、最高峰の奥白根(おくしらね)は安山岩のみから成る溶岩円頂丘です。関東地方の最高峰でして、深田久弥日本百名山のひとつです。(ウィキペディアより)

まあ、とりあえず折角写真撮ったから紹介しただけで、今回のブログで言いたいことはそういうことではない。

 

最近、っというかここ二年くらい休日というと山かスキーで、さらに最近では岩まで入ってきたのである意味忙しい。今はそれが一番たのしいのだから特に問題ないのだけれど、旅行って全然してないなあと思うわけです。確かに日本のアルプスやら、各地のスキー場やら、岩場やらを転々としているとそれは結構な移動を伴うわけで、広義では旅行ともいえる。でも世の中で「旅行」というとそういうスキーや登山といったある意味特殊な行動を伴うものではなくて、訪れてみたい観光地があったり、その土地の空気や歴史に触れたりすることが旅行なのではないだろうか?

じゃあ、旅行に興味がないのかといわれると決してそんなことはない。FBでアップされる仲間たちの旅行の記録や、本に刻まれた旅行記などを読むと、やはり国内海外問わず、様々な地域に訪れてみたいという欲求は常にもっている。

ただ、今の生活のなかで普通の旅行というものの優先順位が低いだけである。

自分のなかで、登山やスキーが旅行と思えればそれでいい。みたい景色に向かうことも旅、登りたい山に行くことも旅。岩を求めることも旅。

そりゃあそうなんだけれども、、たまにはなんにもしない温泉旅行とかも、やっぱり楽しいのかなあとちょっと最近思ったりもする。うまい酒飲んで、美味い地のものをたらふく食べて。最近そういうの忘れてるなあなんて思うわけです。

 

あれ??ただの旅行行きたい!ってだけのつぶやきになっちゃった。まあいっか。

みなさん、いい旅してますか?

そのうちまた「旅猿」もやらないとね。
それではみなさん、おやすみなさい。
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ペペロンチーノ!!

春になるとお腹が空きます。朝からガッツリ食べたくなります。空腹で目覚めるのは夜あまり食べないからだけど。一日を元気よく過ごすには朝食が大事だと、最近強く思うわけです。

 

まあ、意外に思う方も多いかと思いますが、僕は料理が好きである。「うそつけ!」いやいや、ほんとですよ。一時期はほんとにハマっていて、朝昼晩作ったりもしてました。気分屋なので飽きると一切しなくなるのですが。

 

ちゃんとした料理ではなく、残り物を短時間でアレンジして別の料理にすることが好きですね。一から作るのはやっぱり面倒だから。冷蔵庫を眺めて、そこにあるもので短時間で作る。そこがミソです。

それでは今朝の朝食「ブロッコリーのペペロンチーノ(一人前)」をご紹介します。

 

・パスタ150g(結構大盛りです)。

・ブロッコリー(適量)

・オリーブオイル(適当)

・にんにく(適量)

・ベーコンorハム(適当)

・鷹の爪はめんどくさいので七味唐辛子(適量)

・塩、コショウ(適当)

七味はできれば長野の八幡屋磯五郎でおねがいします。

ブロッコリーのアリオ・オリオって料理があるけど、その応用というかまあ適当に炒めて混ぜれば、はい完成。

せーの「男子ごはん!!」

 

最近ブログの方向性がぐちゃぐちゃです。

おやすみなさい。

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春、そして桜の季節

みなさんおはようございます。
お暇な方のお伴「常酔亭日乗」です。
そろそろ街の空気も暖かくなり、日差しに優しさを感じる季節になりました。

そう、「春」です。

 

「世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし」

と古の歌人は詠みましたがこれこそが日本の春の心をうまく代弁してくれる歌だなあと毎年毎年思う。この歌は、桜があるために人々の心が穏やかでないことを述べて、人の心を騒ぎ立てる力のある桜の素晴らしさをとてもうまく伝えてくれます。

 

新しい環境、出会いと別れ。春はなにかと騒がしく、人々は気もそぞろ。なかなか気持ちも落ち着かず街もざわつきだすこの季節。

そんな心の揺れは、桜の開花とともに助長されます。

山も、気温の上昇とともにその姿を変えていきます。雪に覆われた人を寄せ付けない厳しい姿から、すこしずつ緑が増え、生命の廻りを感じる躍動感あふれる姿に変わります。

桜や山にみられる、当たり前の毎年の変化が私たちの人生の流れとともに繰り返されますが、ここで感じるのは大袈裟だけど「生と死」ではないでしょうか。

当たり前の桜の開花が、「現在」を強く意識させます。同時に重ねた年齢と、これから過ごせる春の数も。花が儚いのと同じように自分の一生も儚い。

その儚さが巡るなかで、自分の日々を考える。過去が儚く戻らないなら、これからもずっと巡る季節をどう生きようかと。

 

そんなことを、少しの感傷とともに思った、春の朝です。

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3・11とその後

表題にはきっとそれぞれが感じる意味がある。

その日を境にして人生観というか、生きる道筋が変わった人は多いと思う。 その日は被災の現場にいた方々はもちろん、直接的に生活が変わらなかった人にとっても、大きな変化の一日ではなかったのではないだろうか。

かくいう私も、その前後において大きく自分の考え方や人生観が揺さぶられ、多くのことを考える時間を与えられた。しばらくは、深く、澱み、答えなく悩み、眠れない日々とともに過ごした。その考えや悩みは、自然とのかかわりであったり、人の命であったり、人の一生についてだったりする。言い換えると何をどう正しく見ればいいのかわからなかった悩みだったともいえる。

巨大な自然の力がもたらした災害のすべてに立ち向かうことは、一個人としてはとてもじゃないけれど難しい。それは紛れもない事実。

けれど、個々人が、小さなことでもいいから、自分にできることを選び取り、それを積み重ねていくことができれば、それはきっとどこかで誰かの役に立つのだろうと信じたい。それが僕自身が前から思う小さな復興のかたち。

震災は人々からたくさんのものを奪いさった。震災によって断ち切られたり、終わってしまったことは数えきれない。だけれど、誤解をおそれずにいえば、そこから始まるものだって確かにある。何をすればいいか、何処へ向かえばいいか迷うこともある。けれど考え尽くした先に未来はある。

 

意志を持とう。選んだ自分の道筋に。それが何かを興すと信じて。

 

生かされて  生きてきた

生かされて  生きている

生かされて  生きていく

 

書ききれない思いと共に。今日という一日に。

唐突に音楽談義

最近、スキーに行くたびに、音楽談義で盛り上がっていた。それこそ3時間とか5時間とかぶっ通しで。でもそこで話題に上がるのは、60年代から90年始めまでの音楽。今となってはもはやクラッシックロックといえる曲やアーティストばかりだ。ビートルズ、ガンズ、クリーム、U2、ストーンズ、ディラン、ジャニスetc。

 

いつの頃からか新しい音楽を聴かなくなった。いや、確かに最近も多少はね。コールドプレイとかアークティックモンキーとか。

でもやっぱりちゃんとは聞いてないと思う。歌詞カードなんて一切読まなくなったし、そもそもアルバムなんて長いこと買ってない。ダウンロードの時代のせいなのか?っと自問自答してみるがどうやら違うようだ。自分の感性と聴く姿勢の問題だと最近気づく。

 

若いころはもっと貪欲に音楽を吸収しようとしていた。触れたことのない音楽。挑発的な歌詞。すべてを理解しようと無い頭をフルに使って曲聴いていたような気がする。

昔と変わらず今でも音楽は好きだけれど、昔と違う音楽との向き合い方をしている自分に気づいたときに少しだけ悲しくなった。流して聴くことだって音楽とのふれあいとしては間違ってない。けれどあの若いころの「わからないものをわかったつもりで頑張って真剣に聴く」という純粋な姿勢を失いつつある自分は、ある意味昔より音楽を軽視しているのかもしれない。

 

もうすこし音楽を楽しもう。昔のように向き合って。 音楽は多くの人間が「音が苦」とおもうほど精魂込めて作りだした作品なのだから。

そんなわけで、今日もビートルズ(新しい年代じゃねえのかよ!!)で。おやすみなさい。

登山ガイド ステージⅡ 認定

昨日仕事の関係で、八ヶ岳の赤岳に登ってきた。だんだんやりたかったことが現実になってきている。
そんな中、少しの充実感と共に帰宅すると、一通の封書。なかには「登山ガイド認定通知書」

半年前から資格検定試験を受け続け、必修科目にすべて合格。長かった検定、講習の日々を終えて、やっと認定。けれどあくまでスタートライン。資格を活かすも殺すも今後の自分の思いと行動次第。

あたりまえだけど山屋としてもガイドとしてもまだまだまだまだ経験不足。

だからこそ認定は一つの自信にもなったけど、ここからは「責任」も生じる。「安全」が全て。そのためにできること、やるべきことを突き詰めていきたい。

その考えの土台の上に自分の技術アップがある。自覚と気概。

大事なことを忘れずに、さらなる新しい自分を目指して。

ここまでご指導頂いた、講師、検定員の方々、一緒に登ってくれた山仲間、そしてなにより共に頑張ってきたガイド同期のみなさまに感謝。

今後も鋭意努力いたします!!

みんな頑張ろうぜ❗

気概と思い。

かなり、お酒はいってるけれど、書かずにはいられないので一筆。
今日の書き込みは仲間の二人に向けて。

今日は尊敬する後輩の壮行会だった。
人知れず!? 7000m峰に命をかけて挑戦。
かっこよすぎる。

人はそれぞれに損得なしの繋がりや縁で生きている。
いや生かされている。そうおもいたいけれど
もちろん損得がからむこともある。

けれど本当の意味での命を懸けるフィールドにたつ勇気と気概をもって
その場に立てる人間は少ない。そんな場には損得なんて絶対に入り込めない。

この稀有な気概を持ち、自分の思いでひとつのことに挑戦する後輩を持てたこと、知り合えたことはこのうえなく幸せなことなのだろう。

彼の無事と成功が春までの強い自分の思いになる。

とにかく無事に帰ってきてほしい。その間、僕らは自分の思うところを
自分なりに精一杯頑張るよ。

グットラック。ちゃんと、必ず帰ってこい!それだけだ!!

The Day

「春はあけぼの  ようよう白くなりゆく山ぎは  すこしあかりて」
と古の女流歌人は読んだけど、僕らにとっては「冬こそ あけぼの」だ。
吐く息は白く、まだ明けきらない街を飛び出す。

山の冷気は容赦なく肌を刺すけれど、それがどれほど幸福な時間なのかを、
説明するのは難しい。

板を履いて斜面を滑る。それだけのことが、なぜ人を魅了するのであろう。
ロケーションや季節、地形や雪質も重要な要素。
でも、どうあろうと滑るのみ。さあ斜面へ飛び込もう!!

雪にまみれたシェルを脱ぎ捨て、ガチガチにセットしたブーツを脱ぐ。
その解放感から続く温泉での安堵感。至福の時。
もっともっと滑っていたいけど、また次があるさ。
これからも滑りつづけよう。そして歩きつづけよう

みなさんは、自分を解放する場所ありますか?

なにか一つでもそれがあれば、生きる色に彩りが溢れます。

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晴れときどき、スマホ

みなさんこんばんは。お暇な方の夜のお供「常酔亭日乗」です。

みなさんは天気予報を毎日欠かさず見ていますか?出かける前に「今日の気温は何度かな?」「傘は持って行ったほうがよさそうかな?」天気予報で一日の行動、服装を決めるかたも多いのではないでしょうか?かくゆう私も天気予報は好きで、出かける前は欠かさず見ています。冬は雪の降雪量が気になるし、今では春に桜前線の様子も教えてくれる天気予報。まあ、今ではいつでもスマホで調べられるので、予報なんてTVでまめにチェックする人は減ってきているのかもしれません。

しかし、予報は予報。予め報じているだけなのでやっぱり外れることもあります。天気予報を100%当てることはこの先の人類には不可能だと私は思います。きっと気象庁の方の慰労会は毎年雨です。

それはさておき本題です。この世の中、天気予報では絶対当てることができないものが降ってくることもありますので、皆様には是非気を付けていただきたい。
そう、今日は「晴れ時々スマホ」でした。

早番の通勤はラッシュの後半の時間です。空いてはいるのですが、なかなか座ることは出来ません。しかし今日はたまたま座ることができたので、いつものごとく、音楽を聴きながら小説を集中して読んでおりました。乗車して10分位した時に、突如私の頭に「ゴン!!!」という衝撃!!何かの角が当たった音ですね。最初、なにが起こったのか皆目見当がつかなかったのです。自分の両サイドの乗客が踏ん反りかえって、座っていたので、わたくしはけなげに、背中を凭れさせず、座席の前のほうにお尻を半分だけひっかけるような体制で姿勢よく直角三角形のように背筋を伸ばして座っておりました(なんとなくわかります??)。本を読むため頷くように下を向きつつ。

 

その体制で突如後頭部に「ゴン!!」という衝撃。

「ん??」

 

最初、誰かに殴られたかと思いました。違います。スマホが降ってきたのです!小生の後頭部にスマホの角が直撃!山登ったりしていると落石や雪崩に対する警戒心が強いので自然と危険を察することも多いのですが、電車の中ではヘルメットも被っていませんし、落石はないので上はあまり意識しておりません。でもみなさん注意してください!
このご時世、なんとスマホが降ってきます!!

まあ、目の前に立っていた若いビジネスマンが手からスマホを滑らせて落としただけなのだけれど、その落下して加速したスマホの角が頭に直撃すると結構痛いのです。できれば山で石が落ちた時同様に「ラク!!」って叫んで欲しかった。

直撃したスマホは僕の背中側に回ってしまったらしく、落石ならず、落スマホをした兄ちゃんは「すみません、すみません、すみません!!」っと3×2回くらい連呼しながら、なんとか僕の背中付近にあるスマホをとろうとしていました。手を僕の背中方面に伸ばしながら。男に「壁ドン」されている感じとはこんなかんじでしょうか。

 

せまりくる若いビジネスマン。

「兄ちゃん、近いよ!!」怖がる私。

さらに!となりのおじさんが僕のお尻付近に手を伸ばしてきた!

ますます怖い!

僕の頭に直撃し、僕の背中方面におちたスマホ。隣のおじさんはそれを手に取り、兄ちゃんに渡す。状況を把握しきれない私は終始きょろきょろ。スマホを再度手にした兄ちゃんは、次の駅で申し訳なさそうにそそくさと下車していきました。

 

時代が時代。このご時世、スマホが空から降ってきます。さすがにこれは気象庁の天気予報にもありませんでした。おそらく降スマホ確率は
0.0000000001%くらいだとは思いますが、日常にその確率は潜んでいます。皆様もお気をつけください。ヒドイときはスマホ注意報です。
昔「晴れ時々ブタ」というブタが空からふってくるシュールな絵本がありましたが、今では「はれときどきスマホ」がリアルです。角がとがっているスマホは非常に危険です。

「明日は西高東低の気圧配置。ところにより、一時スマホが降るでしょう」

それではみなさん、おやすみなさい。。。

転職して1年

時が経つのは早いもので、もう2014年の終わりが近づいてきた。昨日の12月1日でちょうど転職してから一年が経つ。

今日一日、部屋の整理やら、山道具の整理やらをしていてつくづく思った。

「転職してよかった」と。

いま、僕の部屋はとても雑然としている(汚いわけではない)。一年前は整然とスーツとワイシャツが並んでいたところには、GORE―TEXやらWIND-STOPPERやらのジャケットが雑然とかかっている。

本棚からは「決算書の読み方」「会計」「簿記」「経済学」「経理マン」といった単語が消え、「登山」「スキー」「バックカントリー」「運動生理学」「山岳」「自然」というキーワードがやたらと目につく。

決して、ビジネスの世界や前職の自分を否定しているわけではない。
言いたいことは「自分の生き方が変わった」ということである。持ち物、大事にする価値観、食、時間の使い方。ありとあらゆることがシンプルになり、自分がワクワクしている時間が増え、ストレスは皆無だ。
確かに経理マンとして働いていたころも充実はしていた。勉強することはいくらでもあったし、時間の経過と締切りがせめぎあう緊張の日々の中にいることも、また自分らしいと思っていた。ただ、職を変えたことにより、自分の時間といえる時間が一日のなかで増え、休日も仕事の日も自分の考えや意識が断絶せずに日々よどみなく流れているということを強く感じるようになった。

一年というのは大きな一つの節目であるけれど、よどみなく流れる日々のなかではあまり大きな意味はない。一年、一年と刻々と時間は流れていくけれど、それをどう使うかを考えることが生き方を考えることなのかもしれません。

今の自分は、まだまだやってみたいこと挑戦したいことが沢山ある。でも、それは365日かけてもいいと思えるくらい自分にあっている。そう思えることはとてもとても幸せなことだと思う。

そんな些細だけど大きな幸せに感謝して、有効に時間を使っていきたいものです。

もうすぐ2015年。残りの一か月も突っ走って、2014年を満足の笑顔で締めたいものですね。

それではみなさま、おやすみなさい。