カテゴリー別アーカイブ: 書評

「根をもつこと」(上下巻)シモーヌベイユ著 岩波文庫読了。

人間は、場所、出生、職業、人間関係等に自然に参与することで「根」を持つ。そしてその「根をもつこと」に対する欲求は重要な欲求なのだそうだ。
内容のほとんどがフランスの歴史を背景に書かれているため、いまいちピンと来なかったが、「根」への欲求という部分は何となく感じることができた。

土地を持つ農業を生業にしているかたは、その土地が「根」であろうし、宗教がある人はその思想が「根」になる。

自分にとって「根」とは?いろいろ考えさせられます。

「アウシュヴィッツは終わらない」 プリーモレービイ著 朝日選書読了(常酔亭日乗 2011年12月4日))

アウシュヴィッツを生き延びた、あるイタリア人生存者の記録、考察。

人間を人間として扱われない、考えることが即、死につながるような地獄の日々、生活の証言。直接本人が経験してきたことが、淡々と語られているのだが、その実体験は想像を絶する世界であったことがよくわかる。
物事を考え、自分で判断して動くことがすなわち死を意味する世界に生きる人間はもはや人間にはなりえない。

 過去も現代においても、私たちの存在は私たちのものであると同時に、周りにいる人達の心の中にある。だからこそ自分が他人から物とみなされる経験をしたものは、人間性が破壊されるのだろう。

では近現代の日本においてこうした人間性の破壊は起きてないかというと、きっとそんなことはない。戦争中は軍国封建主義、戦後は会社封建主義という歴史のなかの延長戦に今がある。

暗い書き込みでスミマセン。でも過去の人類の負の歴史を知ることで考える現代がある。そう思える本でした。少なくとも今、心が穏やかで、自分で自分を考えられる日常に感謝。

昔「アンネの日記」を読んで悲痛な思いをもった方。その続きがこの本に書かれている現実です。是非多くの人に読んで欲しいと思います。暗いけど、、

「雪のひとひら」ポール・ギャリコ著 読了

最近のブログの閲覧数をちょっと気にしてみると、くだらない内容のほうが圧倒的に読まれている(笑) まあ、それは別にどうでもいいことなのだけれど、あまり書評は人気がないようなので最近は書いてなかった。けれど、やっぱり良書は紹介したくなるものなので久しぶりに書評というか、素敵な本の紹介です。

先日、スキーの初滑りに行ってきたのだが、やはり雪景色というのは春や夏とは異なり、自分にとっては特別なもののように感じた。吸い込む空気は澄んでいて、とても冷たく身が引き締まるとはこのことだと感じた。

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そんな雪景色に誘われるように手に取った本がこの「雪のひとひら」だった。 「雪のひとひら」を、固い言葉でいうと擬人化し、女性としての「雪のひとひら」の生涯を綴っていく物語なのだが、自然の姿に託されたその生涯の道のりはとても優しく美しい。

雪として生まれ、時に雪だるまの一部となり、時に川になる。その旅のなかで伴侶となる「雨のしずく」と出会い、新たな命の誕生。安らかな日々、苦難の時、迷い考える時、そんな様々な道のりを経て、最後の瞬間に雪のひとひらはその生の意味を悟る。

生きる場面には山があり、村があり、谿があり、川があり、湖があり、そして海がある。その旅の最後に「雪のひとひら」が思うことはとても優しい。その優しさに触れてみてはいかがでしょう。

自然の姿に託された、一人の女の一生の物語。
これは多くの女性にお薦めしたい本です。
生き方を考えるきっかけや言葉達が、この本にはちりばめられているような気がします。ゆっくりと染み渡る言葉たちに触れていくと、読み終わったときに少しだけ自分が変わるかもしれません。

雪が降る空をみあげればきっとこの小説を思い出すだろう。
そして「雪のひとひら」を今までよりもいとおしく思える自分に気づきます。

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「リンダリンダラバーソウル」大槻ケンヂ著 読了!

「ドブネズミみたいに美しくなりたい
写真には写らない美しさがあるから」

誰もが一度は耳にしたことがあるであろう、この歌詞。
これを愚かなほどに実直である”愚直の美”と表現したのはバンド「筋肉少女帯」のボーカリストでもある大槻ケンヂだ。今回読んだのはそんな彼の本。その目線、独特の芯のあるものの見方や言葉には時に驚かされることも多かった。

彼の歌は正直「高木ブー伝説」しかしらないが、TV界における独特の立ち位置や、そのマイペースな発言、小説やエッセイでの活躍の方が僕らの世代としては印象が深いのではないだろうか。実は彼のSF小説はかなり面白いということを知る人は今では多くはないであろう。かくゆう僕も彼の本を読むまでは「サブカルに詳しい元ロッカー」くらいの見方をしていたのである(スンマセン)。

その彼のデビュー当時、まさに日本中がバンドブームに沸いていたころのその熱狂と、大人が作り上げたであろう大きな渦の中でもがき苦しみながら走っていく若者たちの青春のページを、回想という形で自伝的に描いたこの本は、かなり色んな読み方が出来る。当時のバンドブームの裏話的な読み方も出来れば、大槻ケンヂの独白とも読める。素直に小説として向き合えば、夢を追いながら、そして恋もしながら愚直に走る青年の青春物語になる。 こんなに色んな読み方ができる本というのも珍しい。

バンドやミュージシャンの裏話的なところでいうと、奥田民生のこととか、Xジャパンのこととか、ブルーハーツのこととか大槻ケンヂの目線でみた彼らの当時の印象とかも書かれていて「へえ~」と思うこともしばしば。僕はバンドブームの時はまだあまりその流れを感じながら音楽を聴くような年齢ではなかったので、なんとなくの薄い自分の記憶とともに読んだけど、当時バンドブームに熱狂した世代の方は相当面白く読めるかもしれない。

最後にオオケンはあとがきでこう述べている。
「何かを始めたいんだけど、自分の何を始めたらいいのかさっぱりわからない人」
こういうタイプの人に読んでもらいたいなっと。きっとどこかで共感してもらえると思います。

僕はもう三十代だし、いまさらだけど、やっと始めたいことが見えてきた日々を送れている。けれどこの本に出てくる大槻ケンヂに共感することは多々あった。すこしの感傷と、自分の20代へのほんの少しの嫉妬が入り混じる不思議な感情とともに。

もうモラトリアムは終わったけれど、きっと自分はまだまだ青春でありたいなどと青臭いことを思ってしまった。今の自分はどこか恥ずかしいけど決して恥ずかしくない。そんな開き直りも許してくれる青春の再生の本。大げさだけれど、そんな気がします。

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「コーヒーと恋愛」獅子文六著 読了

題名がいいですな。「コーヒーと恋愛」なんとも言えません。いろいろ喚起させられます。中身は確認せずにタイトルだけで購入した本の一つです。

あまり期待しないで読み進めていったのだけれどこれが以外と面白かった。この小説が発表されたのはなんと50年以上も前。けれどまったく古さを感じない軽妙な文体と内容。現代に当てはめても全く違和感のないその恋愛模様を読んでいると、「人間っていうのは本質的にはあまりかわっていないなあ」などと月並みなことを思ってしまう。

ストーリーはこんな感じ
「テレビがまだ新しい時代。人気女優の坂井モエ子43歳は、その淹れるコーヒーの抜群のうまさで、年下の勉ちゃんとの仲睦ましい生活を送っていた。けれど長く続いたその生活も突如現れた若い女優によって崩壊させられていく。。悲嘆あふれるモエ子の生活のその先は。。。」

今でこそありきたりなストーリーかもしれないけれど、50年前に書かれたときはかなり先進的な小説だったのかもしれない。浮気、孤独、女性の独立、三角関係。そして大人の恋。あつかう内容は重いのだけれど、文体が重さを感じさせないのか、とてもユーモアにあふれている。読み進めるのはとても楽。

本の帯にも書いてあったのだけど、「軽妙洒脱」といった感じ。めちゃくちゃハマって一気によんだわけではないけれど、最後までなんとなく飽きずに読めました。

朝、コーヒーが飲みたくなる小説であることは間違いない。これを読んでいると、日本のカフェというのは今でこそスタバだなんだと生活に密着しているが、コーヒーという飲み物と日本人の付き合いの歴史というのはたかがしれてるなあなどと思うわけです。僕はお酒の次に珈琲が好きだけれど、うんちくなんぞ述べずに、シンプルに楽しみたい、と本に出てくる熱狂的なコーヒー愛好家の滑稽な姿から思ったわけです。

みなさんも「コーヒーと恋愛」思い当たる節、ありませんか??

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「神去なあなあ日常」三浦しをん著 読了

三浦しをんの小説というと、駅伝をテーマにした「風が強く吹いている」しか読んだことがなかった。表題作で読むのは二冊目。普段は手にしないのだけど、筆者のサイン本に出会ったのでミーハーにも買ってしまった。内容を一切確認せずに。本は一期一会です。

DSC_0326サイン本!!

んでもっていざ読み進めていくとこれがなかなか面白かった。ざっとストーリーはこんな感じ。

「18歳の青年。高校を出たらフリーター になろうとしてたが、なんの因果か三重県の林業の現場に放り込まれてしまう。そこで林業見習いとして働きながら、村のよさ、山岳信仰に触れながら、四季を過ごしていく。個性的な村人とともに繰り広げられる騒動記」

林業小説と謳ってはいるけれど描かれる世界はもう少し、いやかなり広い。林業を通して、ともすると難しくなりがちな日本人の森や里山との交流の世界を、青年の語りの文体で読みやすく描いている。

この小説をよんでいると日本人が根っこに持っている自然崇拝というか自然への畏怖の念のようなものを強く感じることができる。それは決して都市生活を否定するものではない。現代において便利な文明はもはや切り離すことは難しいから。携帯、ネットetc.
けれど、時にはふと振り返り、立ち止まり、自然に触れることは、人間、日本人にとって大事なことのような気がする。そんなことを考えさせてくれる小説でした。
軽快で読みやすいので読書が苦手な人にもおすすめ。

ちなみに読み終わった後に知ったのだが、本小説はこの春に実写で映画化されるらしい。まあ、観に行かないけれど。。

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「未踏峰」 笹本稜平著 読了!

圧巻の高所世界における人間の再生模様。
ヒマラヤ未踏峰に、そして山の世界に向き合うことでそれぞれの抱える事情を乗り越えていくその様は圧巻である。

未踏峰に挑む三人は、アスペルガー症候群、知的障害、薬物依存から罪を犯す前科ありといった、それぞれの問題によって、社会生活からドロップアウトし、辛い人生を経験してきた若者たちだった。そんな若者たち三人を大きな心とその人間性で支え、迎え入れるは山小屋「ビンティ・チェリ」のオーナー「パウロさん」
その「パウロさん」の大きな無垢の木のような人柄と、四人の繋がりによって、三人は自分の抱える問題と向き合い、生きる意味を問いていく。

そしてパウロさんは三人に想いをたくす。「人生が生きるに値するものだということを知ってほしい」三人はその想いに夢と希望を抱き、冬山のトレーニングを開始する。そして迎える非情な現実と、ヒマラヤ未踏峰に挑戦の日。その先にある三人の未来は?

「未踏峰」に挑戦するということは、山の世界に限らず、実社会でも自分がなにかに挑戦しようと思えば必ず向き合うことができる感覚だ。新しい事に挑戦するときは、いつだって未踏峰に登るようなもの。誰も踏んでいないその道を自分の足跡を踏んでいくことで、新たに道ができる。そんな挑戦をできている人はなかなかいないかもしれないけれど、大きい小さいにかかわらず、自分の中での「未踏峰」に挑戦することで人が成長や、再生を図ることができればそれは素晴らしいことなのではないだろうか?

利益のためでなく、誰かの何かに役立つよう、名もなき頂を目指すように生きる人、頂を目指す一歩をなかなか踏み出せずにいる人々にぜひ読んでほしい作品。きっと心のアイゼンとして多くの言葉があなたの心に響くはずです。
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「その峰の彼方」 笹本稜平著 読了!

久々にドッシリと読み応えがあり、読了に数日間かかった大作である。
久々に「本」の話です。

著者の笹本さんの小説は「還るべき場所」「春を背負って」等、何冊か読んでいるが、本作はその魅力ある作品達を凌駕する圧倒的なスケールだった。

ストーリーは至極単純。孤高のクライマー、津田悟が単独、極寒のマッキンリーに挑み、消息を絶つ。史上最高のクライマーがその命、魂のすべてをかけた挑戦の先にあるものを本人、捜索隊、家族、彼を愛する人々それぞれの目線で問いていく。そしてその答えを探す。そんなストーリーである。

登山をしている人なら一度は自分自身に問いたことがあるであろう「なぜ山に登るのか」というシンプルな問いの先にあるものを、主人公は生命を賭けて探し求めて行く。描かれるその圧倒的な登攀は読む者を引きつけ、自分も同じようにマッキンリーに対峙しているような気持ちにさせてくれた。雪山と対峙するというのはこういう事なのかと、読んでいて緊張と興奮を覚え、読書なのに体力を使っているようであった。

人は一回の登山で人生が変わることもありうる。漠然と感じていたことを言葉にしてくれた本です。自分が長く登山をしているなかで感じていたことと小説の言葉達が共振して、読み進めていて眠れない日すらあった。こういうのを「本との距離が近い感覚」とでもいうのだろうか。

小説は自分と関わりの遠い世界や体験を疑似的に体験させてくれるものであると同時に、自分の持っている感覚や言葉にしきれていない感情を具体化してくれるものでもあると今回の小説で強く思った。もちろん今回の小説は後者である。

魂を揺さぶられるような言葉の数々。自分の気持の上を走る言葉達。読む人の自分の1行に出会ってほしいので、この場での引用と紹介はしない。

登山を愛する人にはぜひ読んでもらいたいと強く思う小説である。もちろんそうでない人にも。

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA文芸春秋刊 全492ページ!!

「三十光年の星たち」読了 宮本輝著

約10年ぶりに宮本輝の小説を読んだ。彼の小説で一番好きなのは「青が散る」なのだが、こちらもテニスをする人にはぜひ読んでほしい。当時、時間のすべてをテニスに捧げていた自分と重ね合わせて感動した記憶がある。

今回紹介するこの「三十光年の星たち」も是非同世代、30代の人に薦めたい小説である。

主人公は彼女にも逃げられ職も失い、親からも勘当された無職の30歳の青年。かなり感情移入できる設定である(笑)。
それはさておき肝心のストーリーだが、ものすごい簡潔にまとめると、そんな青年が一人の老人との出会いによって再起し、自分が生きる本当の意味を見出していく物語だ。懸命に生きていく若者の姿と、それを厳しくも優しく導いていく人生の先人達。大げさにいうと人生の真実というものを主題とした物語なのではないか。

きっと読んだ人は、自分の今いる場所と意味を考え、主人公と自分とを重ね合わせ、考え、次の行動につなげることができると思う。

「人は十年でやっと階段の前に立てる。二十年でその階段の三分の一のところまでのぼる。三十年で階段をのぼりきる。のぼり切ったところから、お前の本当の勝負がはじまるんだ。その本当の勝負のための、これからの三十年なんだ」

三十年という歳月に思いを馳せ、三十年後の自分を考えることのできるとても前向きな小説だった。十年前には正直飽きていた宮本輝の小説。今になってふと手に取ったことにもきっと意味があるのだろう。この小説にもあるように人生に無駄なことなど一つもないのだから。

賢明にではなく、ここから一歩まず三十年、懸命に生きよう。そう思わせてくれました。本当にいい小説です。久しぶりに万人に薦めたいと思える小説でした。

興味あるかた、是非!!

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「この日のビートルズ」読了 上林格 著


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先日、ポールマッカートニーが11年ぶりに来日し、相も変わらずの存在感でファンを魅了していたようであるけれど、いまだ衰えぬその「ビートルズ」の世界中での存在感というのはやはり唯一無二のバンドである証拠である。

僕は俗にいう「ビートルマニア」ではないのだけれど、やっぱり洋楽はビートルズから入っているのでなんだかんだ言っても大好きなバンドである。大好きというか、生活の一部に近い。しばらく聞かない日々が続いても、気づくとCDに手が出て一人夜な夜なビートルズを聴きながら本を読んだりしている。

僕のように親の世代が聴いていてその影響で好きになったような世代にとっては、ただのビートルズのエピソード本のように感じるのだけれど、それははそれで面白い。例えば本書に書かれているレコーディングの裏話を読みながら、そのアルバムを聴いてみる。そうすると書いてあることとと音楽が一致する。また新たな楽曲に対する理解が増え、その曲の聴き方が今までと異なるものになる。それだけでも、アルバムの聴きかたを豊かにしてくれる。今日読み終わって、帰ってきてアルバム聴いてみてかなり今は興味深くオリジナルアルバムを聴いている。

いやーやっぱりビートルズいいわ。何回きいても飽きません。

真心ブラザーズに「拝啓、ジョン・レノン」という曲があるけれどその歌詞にこうある
「ビートルズを聞かないことでなにか新しいもの探そうとした。そして今、懐メロのように聞くあなたの声はとても優しい。」
まさにそんな心境である。

十代、二十代とそれぞれいろんな音楽に触れ、好きなバンド、そうでもないバンド、ジャンルがだんだんはっきりしてきたけれど、戻るべきところは「ビートルズ」にあるのかもしれない。僕にも僕の「その日のビートルズ」という日がある。本書の趣旨とは異なるけれど。

特にビートルズが好きな人には、やっぱりおすすめの本である(写真左下、朝日文庫より)

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