月別アーカイブ: 2013年11月

テニスというスポーツ


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何年ぶりにテニスをしただろう。今日、久しぶりにテニスをしたので折角だから今日のテーマは「テニスについて」

僕は軟式テニス(小6から中3)も含めると大学4年まで約11年間、本気でテニスをやってきた。大学3年にいたっては、週9コマ(サークル用語です)の練習と週末のコーチのバイト。もはや趣味の領域を超えていた。社会人になって同じように11年間が経過したけれど、情熱の注ぎ方だけをいえば、仕事よりもテニスをやっている時のほうが強かったかもしれない。

しかし、社会人になってから、めっきりテニスをしなくなった。なぜだろうか?登山をはじめたから?それもあるかもしれない。けれど、一つ言えることは、勝負というものに対しての情熱が一気に醒めってしまったことが大きな要因のような気がする。勝っても負けても、心が揺れることが無くなってしまった。高校や大学のようにチームの団体戦もなくなり、自分のなかで何かが切れるようにテニスへの情熱が醒めていった。これでは絶対上手くも強くもなれない。それは自分でもよくわかっている。だからこそテニスをたまにやるともどかしさを感じるのだと思う。

とはいえ決して嫌いになったわけではない。今でもたまに四大大会は鑑賞しているし。そういうのを見て興奮している自分を客観視すると「やっぱり俺はテニスが好きなんだな」と気付かされる。

何よりもテニスは、僕の人格形成において大事なものを与えてくれた。大事な仲間、友人、尊敬する先輩。愉快な後輩。礼儀やチームワーク。集団行動や、時間への意識。これらはすべてテニスを通じて出会ったり、学んだりしたといっても過言ではない。すべてはここから今の自分に繋がっている。

今はスキーや登山の技術を上げていくことが自分にとってのモチベーションであり情熱そのものなのだけれど、いつか伊達公子のようにテニスにしっかり向き合って復帰することもあるかもしれない。その時は、過去にテニスを頑張ってきたみんなに声を掛けます。また一緒に楽しみましょう。よろしくです。

眼鏡とコンタクト


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僕は極度の近眼であり、乱視である。そのため眼鏡とコンタクトが必須でこの二つがないと日常生活もままならない。高校生の時までは逆に視力は2.0よりよかったどころか遠視の眼鏡すら持っていた。しかし、高3でテニスを一度引退してから浪人時代の一年半で、2.0から0.1まで視力が落ちてしまったのだ。受験戦争を戦い抜いたからそうなったのならまだ格好がつくのだけれど、勉強もろくにせず、朝から晩まで文庫本を読み耽っていたので視力が落ちたのだ。

高校までは2.0だったのが突然どんどん見えなくなっていったときはこのまま落ち続けていく恐怖すらあった。でも結果、いちおう視力は0.1あればあとは眼鏡とコンタクトがなんとかしてくれるものである。

この眼鏡というのもはっきりいって邪魔である。スポーツするときはコンタクトだが事務作業時は眼鏡である。そのため圧倒的に眼鏡の日々が多いのだが、僕は酔っぱらうとよく外す癖があるのかよくわからないが、気付くと眼鏡をしていなかったりする。しかも飲み会中ならいざ知らず帰り道でなくすのだ。視力が0.1で夜の道をどうやって帰っているのか謎である。何度も何度もなくすので、今では安い眼鏡しか買わないようにしているが、皮肉なことに5,000円の眼鏡に変えてから、一度も無くしたことはない。

あと、コンタクト。これもまた厄介だ。読者のかたで僕の顔を知っている人なら頷けると思うが、僕は俗にいう「キツネ目」というやつで目が異常に細い。起きてても寝てると思われるほど細い。そのためコンタクトは毎朝入れやすいように楕円形に自分で切って目に入れている(嘘です)。

とにかくものすごく瞼を持ち上げないと真ん丸のコンタクトをキツネ目に入れることは困難なのである。登山中など、テントをたたむ時間よりコンタクトを入れている時間のほうが長いのだ。そしてコンタクトもまた、夜遅くなると乾いてきて鬱陶しいのか飲み会中に無意識に外して捨ててしまうことがある。そのため必ずワンデイなのだ。これは眼鏡と同じ法則です。

普段コンタクトの女の子が突然眼鏡になったりするとちょっとドキドキしてしまうが(逆もまた然り)、おっさんは眼鏡だろうがコンタクトだろうがどうでもいい。

ああ、飲み会時に安全に帰れるように裸眼で生きていける視力が欲しい。でもレーザー手術は怖いので、あいも変わらず毎朝眼鏡を探し、コンタクトを必死になって寝起きの目に押し込む日々である。

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「成長と成熟」


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「成長から成熟へ」という言葉を残し、逝ってしまったのは辛口な広告批評と軽妙なコラムが最高に読んでいて痛快だったコラムニストの天野祐吉さんだ。

今回は少しこの言葉について考えてみたい。

まず「成長」だが、子供の成長。これは未来があってとてもいい言葉であるし子供が常に前を向いて成長できるような社会を作り上げていくことが大人の役割であろう。では「経済成長」となるとどうであろうか?本当に今の時代においてもこの国に「経済成長」というものが必要なのだろうか。私たちが豊かになるためには経済成長は欠かせないものだろうか?経済成長大国であった日本は、バブルが弾けITバブルもあっという間に沈滞し、「失われた10年」どころか失われた20年30年という停滞の時代にならんとしている。

そして3・11が起きた。当時は「復興」、「再生」という言葉が日本中を駆け巡り「成長」とは違う方向に日本が一致団結して進もうとしていたように実感していた。

しかし昨今の政権のやり方をみていると、原発の事故や、汚染水の問題は何も解決していない状況にも関わらず、やりたい放題に法案を通し、「景気回復」「経済成長」を振りかざしながら3・11以後の日本を考えながら進むのではなく、まるで3・11以前の経済大国日本を再生しようとしているように思えてならない。

震災以後のこの国の「再生」は遅々として進んでいない。現地に足を何度か運んで身をもって実感している。僕自身のなかで少しずつ意識が薄れていることも自戒しなければならない。わかりやすく言いたいことをいうと、政治家は憲法をいじったり、経済成長だけを追い求めてきた象徴の原発の再稼働をする時間があったら、地に足をつけた新しい日本の進むべき方向、再生、復興、を見定めた国づくりに取り組んで欲しいと思う。それがあるべき「成熟」した国の姿だと、いち市民として強く願うことなのです。

このブログは社会派なものにはしたくないので政治的な発言は極力したくないのだが、どうしても最近の政治を見ていて開いた口が塞がらないので、勢いあまって書きました。たまには僕も怒るのです。

次からはまた「山と本と日常」にもどりますのでよろしくお願いいたします。

優しい小説、「小暮写眞館」読了


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久しぶりに老若男女、万人に薦めたいと素直に思えた小説がここにある。約20年ぶりに宮部みゆきの本を読んだ。「火車」依頼だろうか。僕はミステリーを好んで読まないので、どれだけベストセラーになっても宮部みゆきの本を手に取ることは高校を卒業して以来なかった。けれど、ちょうど、このブログで「写真」について考えていた時に目に入ってきたのが本書だった。何かの縁を感じたので迷いなく、中身がどういう小説かを確認する間もなく、僕は上下巻を手にし、本屋のレジに向かっていた。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA講談社文庫です。

読み進めたら最後まで手は止まることはなかった。一気に読んだ。

誰でも、どんな家族にでも抱えている何かがある。何にもない家はない。けれどそれと正面から向き合い、共に歩んでいくことが家族であるのだろうと思わせてくれるとても「優しい」小説だ。一つの親切が誰かの何かを大きく変えることもある。そう信じさせてくれるストーリーと愛すべき主人公。きっと高校生の女子が読んだら、主人公の英一に全員が惚れてしまうのではないかと思う不器用だけれどまっすぐなこの主人公のおかげで、とてもすがすがしい気持ちになった。こういうやつが友達にいたらきっと男としてもなんというか安心するような感覚をもてるかもしれない。そんな主人公だ。

ストーリーはここでは紹介しない。「優しい」小説を読みたいあなたに是非読んで欲しい作品とだけ紹介しておこうと思う。読後きっと一つ温かな優しさを受け取るのではないだろうか。

「コーヒーが廻り 世界史が廻る」


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僕の生活の中にはコーヒーが欠かせない。朝起きてまずすることは、顔を洗うことでもなく、朝食を食べることでもなく、コーヒーメーカーでコーヒーを作ることである。これは常習的に飲み始めた十五年くらい前から全く変わっていない生活習慣だ。仕事においても、常にコーヒーカップは常にデスクにあり、ブラックコーヒーを相棒に仕事をする日々である。

その愛すべきコーヒー。究極生きるためには必要のない嗜好品が世界にどんな影響を与えてきたのかを世界史の流れとあわせて教えてくれる本書はとても興味深い内容を含むものであった。

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「イスラムの宗教的観念から誕生し、ロンドンに渡りコーヒーハウスとなって近代社会制度を準備し、パリではフランス革命に寄り添った。その一方で植民地での搾取と人種差別にかかわり、ドイツではファシズムを生むに至る」

決して義務教育の世界史には出てこない視点「コーヒー」の商品としての歴史がここにある。まるでコーヒーを主役とした寓話のようであった。それは今まで全く知らなった事実ばかりで読んでいてどんどん引き込まれていった。はじめはコーヒーの歴史って?思って軽い気持ちで買った本だが、そんなに狭い視野ではなく、コーヒーと世界史の密接な関係を深く知ることができた。コーヒーが好きな人よりも、歴史が好きな人に薦めたい本である。

コーヒーはこれからも人類の歴史と寄り添うことだろう。いつの時代も旅立ちの日にはにはコーヒーがよく似合う。

「コーヒーをもう一杯、道のために。コーヒーをもう一杯、下方の谷間へと僕が出発する前に」(ボブ・ディラン)

冬の朝

冬の朝は寒い。当たり前だけれど事実だ。体温で温まった蒲団の中から出たくない。(あと5分、あと5分だけ)心のなかでいつも思う冬の朝。

今でこそ、冬でもエアコンの人工的な暖かい風で部屋を温めることができるが、雪国で生活していた幼少期は家のすべてが石油ストーブだったように思う。重い石油の入ったポリタンクを頑張ってベランダへ運び、ストーブの石油が無くなるとポンプでストーブのタンクに補給して使うのだ。今でも雪国では使っているところも多いはずだ。床暖房の今の時代からはあまり考えられない話だ。

そんな記憶が強く残っているので、今でもこの時期に山に登って山小屋とかで石油ストーブが使われていたりしてみんながその周りを囲んでいるのをみると、妙にほっとする気持ちになる。小学校の冬の昼休みに見た光景と似ているからだろうか。

我が家でも、その石油ストーブもいつのころからか、暖房器具もファンヒーターにそれは変わり、短い時間で部屋を温めるようになった。しかし、記憶の中に深くのこっているのはやっぱり、石油ストーブだ。

当時のストーブは、まだ自動点火でもなく、マッチを使って点火する代物だった。幼い子供の僕にその作業をやらせていたのだろうから、今から考えると結構危険だなあと思う。ストーブの上にはヤカンが常に置かれ、お湯を沸かしていた。正月にはその上で餅を焼いた記憶もある。一番印象にあるのは畳鰯を炙って食べた記憶だ。炙っていると独特の香りが拡がり、適度に焦げ目をつけて食したあの畳鰯は忘れられない。いまだに居酒屋で畳鰯を見つけると必ず頼んでしまうのだから、幼少期に好んだ味というのは大人になっても変わらないということか。

昔の雪国の朝は、今よりもっと厳しかったように思う。路面凍結は当たり前。毎朝の雪かき。屋根の雪下ろし。都会に出てきてこっちの生活のほうが長くなってくるとそういう記憶から次第と遠のいていく。

けれど、そんな記憶のせいか、僕は冬の朝がいまだに好きだ。とても寒いけれど冷たく張りつめた空気は澄んでいて吸い込むと体の中も浄化されるような気がする。

「寒いと生きている実感がつよいよね」ある映画の台詞だけれど僕はこの言葉が好きだ。寒い冬の朝。早起きしてそんなことを思うのでした。

大好きな冬がやってくる。

「ライブ・アット・ザ・BBC Vol2」


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題名だけで何の話か分かった人は、かなりのビートルズファンとみた。現在、ポールマッカートニーが来日していて、日本中がポールに熱狂しているが、僕はライブにいけなかったのでこのCDを購入して我慢だ。そう、今回のテーマは60年代前半のビートルズの音源について。

このCDは60年代前半に英国BBCラジオで演奏された音源をCDにしたものである。メンバーと司会者の会話、やりとりもそのまま音源化されていてまるで当時のラジオを聴いているようである。

僕はただの音楽ファンであって評論家ではないので詳しいことはわからないのだけれど、このライブアルバムは若いビートルズのライブバンドとしての勢い、気合いみたいなものに溢れているように思う。

ビートルズは後半ずいぶんとサイケデリックな方向に進んで、社会やその後のロックに強く影響を与える名盤を残したが、ライブはあまりやっていないらしい。正確にいうと当時はライブで再現できないレコーディングだったらしい(素人なので本当のところはわかりません)。

けれど、この二枚組のアルバムは完全なるライブアルバムであり、当時のビートルズの生音がよくわかる。デジタルリマスターされているといっても当時の録音技術で録った音源を現在の水準まで上げることは難しいだろう。

でも僕のようにこれくらいの音の曖昧さというか、籠った音質が逆に心地よく感じるという人も多いのではないだろうか。アナログ感、まるで当時のラジオをリアルタイムで聴いているような感覚は、とてもリラックスできる。夜、何かの作業をしながら、それこそこんな風にブログの文章書きながら聞くのにとても適している。同じ時代でもさすがにツェッペリン聴きながら文章は書けない。激しすぎるから(笑)

夜の読書や、作業、晩酌のお伴にとてもお薦めです。きっとリラックスして1960年代にタイムスリップすることができると思います(同時代に生きた方は特に)。

一度レコード、蓄音器で聴いてみたいアルバムだ。きっと、もっともっと身体に心地いい音がするような気がする。そんなことを思う僕は、やはりアナログ寄りの人間なのだろう。

晩秋の愉快なトレッキング!!


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山行記録
今回のルート:奥多摩駅→境橋(バス下車)→御前山山頂→宮ヶ谷戸バス停(計6時間)

先週の大菩薩嶺で今年度の登山は最後の予定だった。けれど青い空に誘われまた来てしまった!!今日は東北ボランティアメンバーとの晩秋の紅葉トレッキング!!
集合場所の奥多摩駅はものすごい喧騒。登山ブームは嬉しいけれど、混みすぎるのもどうかと思う。でもこれだけ天気がよければ当然かな。
朝の空気はどこまでも澄んでいて、南武線から富士山がくっきりと見えていたことからも今日のトレッキングの期待値が上がる。日差しは暖かく、無風で、トレッキングには最適の1日となりそうだ。ただ、我が家の柔軟剤が変わったのか、洗濯した山のウェアがほのかに香るのが気になってしょうがない(笑)

OLYMPUS DIGITAL CAMERA見事な紅葉!!

それはさておき、今度こそシーズン最後の山行である。今日は総勢10名。これだけの人数で山に登ることは大変なのだ。ペース配分。時間配分。考えながら進むことは思いのほかみんな疲れたでしょうか。

今回の目的地、目指す山頂は「御前山」標高1405m。気温も丁度よさそうである。登り3時間、下山2時間。休憩とお昼合わせて計6時間の山行。登りは残念ながら、台風の影響による登山道封鎖も多く、半分以上がアスファルトの歩きではあった。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA通行止め多し!

けれどこれまたマニアックなルートだったので奥多摩駅での喧騒が嘘のように登山客も少なく、静かな道だった。我々はとてもとても賑やかだったけれど(笑) 山頂も空いていて、日差しが暖かく穏やか。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA眺望もよかった!

登山道、下山道、どちらも晩秋の、いや、初冬の山を満喫できた。初中級のかたのトレーニングにはぴったりのルートだと思う。来年また行きたいと思う。
ただ、下山のルートに関しては以外と指標が少なめで、結構な距離ごとにしかそれはなく、油断して甘くみてると道迷いの危険性もあるので、初めてのかたは経験者と一緒に登ることを薦めます。
OLYMPUS DIGITAL CAMERA長く単調な下山道。

下山後の武蔵五日市駅近くの飲み屋も味があってよかった。。飲み過ぎか否かは別の話(笑)飲兵衛は下山後も家までもう一山登らなくてはならないのです。ここが帰宅までの一番の難所と言っても過言ではない。

やはり山登りは楽しい!!温泉も行けたしね!!

今年度は今度こそ終わりだけれど、来年も気持ちいい山行がきっと待っているだろう。どこの山に行こうか?いまから楽しみである。

冬じたく、そしてスキーブーム復活を!


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晩秋というか、もう冬ですね。街はクリスマス一色です。冬じたく、はじめてますか?

いよいよ今日、23日に新潟のかぐらスキー場もオープンして、待ちに待ったウィンタースポーツシーズンの本格的なスタートである。僕はスキーヤーであると同時にスノーボーダーでもある。っと言ってもスキーはまだ本格的には1シーズンしか滑ってないし、不整地はまともに滑れないのだからたいしたレベルではないのだけれど、今は自分はスキーヤーだと胸を張って言いたい。そこら辺は腕前ではなくて雪山への愛情、気持ちでカバーするということで了承いただきたい。

スキー業界、産業のことを少し調べてみるとわかるが、80年代後半はスキーバブルの時代でスキー人口が1500万人〰1800万人いたともいわれ、業界は栄華を極めていた(らしい)。僕等の世代でもギリギリ覚えている「私をスキーに連れてって」という映画がその時代を色濃く象徴している。1987年公開。原田知世主演である。

みんなこぞってユーミンを聴きながら「レガシィ」で渋滞の中スキー場に向かい、到着してもリフト待ちが二時間。今では考えられない。別にユーミンとレガシィはいいのだけれど、二時間もリフトを待っていたら凍えて死ぬ。当時の人はよく耐えていたなあと感心してしまう。僕なら二時間あったらスキー担いで登って一本滑れると考えてしまう。そのバブル状態は湯沢や苗場の周辺にリゾートマンションが立ち並ぶようになった90年代中盤まで続いた。今は取り壊された、千葉にあった屋内スキー場「ザウス」(懐かしい!!)もこの時代のものだ。しかし、時代はバブル崩壊を迎え、一気にスキーから人々が遠ざかって行った。90年代後半から2000年代、ちょうど我々の世代でちょっとしたスノーボードブームがあったが、80年代のスキーブームとは比較にならなかった。そしてこれもまた、スノーボード世代が子育てに入り、今では随分と下火になりつつある。さらに、今の若手で雪山に頻繁に通っている後輩は少ない印象だ。これではスキー産業も盛り上がらない。

しかし、団塊世代がこれから大量に引退を迎え、スキーに戻ってくることは考えられないだろうか?スキー雑誌にはシニアツアーが大きく紙面で特集されているのがここ数年の傾向だ。もてあます時間やお金を地方でどんどん使って欲しいと切に願ってしまう。頼むよ団塊世代!!

誰もいない静かなスキー場でシュプールを描くことはとても気持ちがいいけれど、人が集まらず、うら寂しいスキー場というのもそれはそれで悲しい。地域産業としてもスキー場はその地域に与える影響は大きく、需要な位置づけがあるのだから頑張ってほしい。

僕に今できることは、自分がスキー場に通って、存分に楽しんで、地元の名産を食べ、その素晴らしさを人に伝えていくことしかないけれど、登山ブームが静かに盛り上がってきたのと同じように、またジワリジワリとスキーブームがきてほしいものである。

望む!!スキーブーム復活!!さあ、みんな!スキー、スノーボードを担いで雪山へ行こう!!今年はソチ五輪もあるしね!!いいシーズンになる予感!!

OLYMPUS DIGITAL CAMERAAre You Ready?

 

写真と思ひで。

 

最近写真を写真として現像、プリントしてないなあ…と思っている方も多いのではないだろうか。僕も、もう何年間も写真を撮ってもプリントしなくなってしまった。デジカメや。携帯、PCの中にデータとして保存されているだけである。僕の周りには不思議と写真を趣味にしている人が多いのだけれど、趣味にしている人ですらデータ化のままでなかなかプリントするまでたどり着かないのではないだろうか。確かにこれはこれで便利で、いつでも写真を人とシェアをしたり、自分で眺めることもできる。

でもやっぱりデジタルは味気ないと思うのは僕だけではないはずだ。

まだ、時代がデジタルカメラに移行する前は僕も一眼レフを持ち歩き、写真を撮っていた時期があった。その時の写真は当然のことながらフィルムなので、すべてプリントしていたわけである。当時の写真、アルバムを眺めていると、なんともいえないノスタルジックな気分になる。郷愁にかられるというやつだ。紙でプリントしたその数々の写真たちは、時間の経過と同じくして、劣化して色褪せてきている。

この色褪せた写真を見たときの感覚というのはとても不思議で、その写真に生きた自分の記憶が薄くなっていることに気づかされる。「記憶」や「思い出」も悲しいかな、時間の流れとともに色褪せていく。

しかし逆に、写真を見ることで、忘れていた自分の記憶を呼び覚まされることも多い。「あの時こんなことして遊んでいたんだ」「この時こんな会話を交わしたな」「この仲間たちでよく飲んだなあ」呼び覚まされる記憶も、楽しい思い出ばかりだ。ここに写真の本当の力があると思う。楽しかった記憶を呼び覚まし、忘れていた懐かしい記憶と寄り添うことができる。あまり写真をみて苦労していた自分を思い出すことは少ないのではないかと思う。

アルバムをめくる時間は、写真と向き合う時間だ。そこに映し出されている当時の自分や思いでと向き合う時間だ。これはPCでのスライドショーではやるべきではない。「思いでや記憶との向き合い」というものは、決まった時間で淡々と刻むことは本来できないのではないだろうか。写真によって向き合う時間も異なる。ずっと見ていたい写真もあれば、正直目をそむけたくなるような写真もある。

そんなわけで、たまには時間をかけて写真のデータの整理をして、写真屋さんに持っていき、プリントしてみようかなあ、と思う金曜の夜でした。あなたにとって大切な写真、膨大なデータと共に埋もれていませんか?プリントしないともったいないですよ。

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