月別アーカイブ: 2014年3月

ありがとう、神田神保町、そしてその次の街へ

みなさん、昨日の「春の嵐」はいかがお過ごしでしたでしょうか?「春の嵐・ゲルトルート」といえばヘルマン・ヘッセの小説にありますね。

さて、私にとって昨日の「春の嵐」はとても印象的な一日となりました。現在の勤務先である会社にはいって四カ月、あっという間の四カ月、スキーに没頭した四カ月、その日々はまるで昨日の嵐に象徴されるように、すごい速さで過ぎ去っていきました。

過ごした場所は「神田神保町」。まあ、正確にはお茶の水、小川町なのだけれど細かいことは気にしない。

新しい世界をこの場所からスタートできたことは、個人的にとても幸せなことだったのだと思う。実は今回の仕事でのご縁をいただく前から一人で足繁く通っていた街なのだ。通った目的は「神田古書店街」を巡るため。決まった額のお金の範囲内で、いかに自分の心を揺さぶる本に出会えるか、新しい本、古い本のすべてが集約しているといっていいこの「本の街」に来ること。それは当時の僕にとってとても大事な大事な個人的な時間だった。そういう意味では精神的なホームだったといっても大袈裟ではない。

一時期はこの街に住もうと思って物件すら探していたときもあった。意外と家賃が高くて住めなかったけれど(笑)

そんな大好きな街に、不思議な縁でなぜか毎日通うようになったのが去年の12月1日から。止まっていた自分の時間がこの日から淀みなく流れ始めたように感じる。昼休みに本屋とスポーツ用品店をまわれる。こんな贅沢あるのだろうか?と思っていたけれどその大事にしていた憧れの街が、いざ自分の身近にくると意外と毎日は雑なもので、昼休みは眠り、外食もしない。たまに外食にいってもラーメンの一辺倒。決して文化的ではない日々だった(笑)

それはそれで、今の自分とこの街との距離感なのかなあなんて思いながら昨日という一日を過ごしていた。

そして昨日、大げさだけれどこの神田神保町とのちょっとのお別れの日。勤務の最終日。短かったけれどこれまでの社会人生活が一変した、とても印象的な四カ月の最後の日。また一つの節目である。「春の嵐」のように過ごした日々は「春の嵐」によって締めくくられました。とてもいい一日だったかなと、一晩明けて思います。また来ます、「神田神保町」新しい世界と出会いをありがとう。

そして、こんにちは「渋谷」「明治神宮前」。正直、今の段階では「どアウェイ」な感ありありです。街に馴染めるとも思い難い(笑)
でもここから始まる日々は、大きな期待と素敵な予感で一杯でもある。四月一日から心機一転、新しい街での日々が始まる!!

「春」です。さあ、一歩前へ!!

 

「その峰の彼方」 笹本稜平著 読了!

久々にドッシリと読み応えがあり、読了に数日間かかった大作である。
久々に「本」の話です。

著者の笹本さんの小説は「還るべき場所」「春を背負って」等、何冊か読んでいるが、本作はその魅力ある作品達を凌駕する圧倒的なスケールだった。

ストーリーは至極単純。孤高のクライマー、津田悟が単独、極寒のマッキンリーに挑み、消息を絶つ。史上最高のクライマーがその命、魂のすべてをかけた挑戦の先にあるものを本人、捜索隊、家族、彼を愛する人々それぞれの目線で問いていく。そしてその答えを探す。そんなストーリーである。

登山をしている人なら一度は自分自身に問いたことがあるであろう「なぜ山に登るのか」というシンプルな問いの先にあるものを、主人公は生命を賭けて探し求めて行く。描かれるその圧倒的な登攀は読む者を引きつけ、自分も同じようにマッキンリーに対峙しているような気持ちにさせてくれた。雪山と対峙するというのはこういう事なのかと、読んでいて緊張と興奮を覚え、読書なのに体力を使っているようであった。

人は一回の登山で人生が変わることもありうる。漠然と感じていたことを言葉にしてくれた本です。自分が長く登山をしているなかで感じていたことと小説の言葉達が共振して、読み進めていて眠れない日すらあった。こういうのを「本との距離が近い感覚」とでもいうのだろうか。

小説は自分と関わりの遠い世界や体験を疑似的に体験させてくれるものであると同時に、自分の持っている感覚や言葉にしきれていない感情を具体化してくれるものでもあると今回の小説で強く思った。もちろん今回の小説は後者である。

魂を揺さぶられるような言葉の数々。自分の気持の上を走る言葉達。読む人の自分の1行に出会ってほしいので、この場での引用と紹介はしない。

登山を愛する人にはぜひ読んでもらいたいと強く思う小説である。もちろんそうでない人にも。

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA文芸春秋刊 全492ページ!!

春の「痛み」

もうすぐ春ですね。恋をしてみませんか?
まあ、言いたいことはそういう悠長な話ではない。

気がつけば3月も終わりに近づき、そろそろ桜咲き舞い散る儚い4月を迎えようとしてます。一年前にもFB上でこのブログと同じ「常酔亭日乗」を書き始めた時も同じように書きましたが、春というのは大きな変化の季節。気持ち、心が変化についていくのが精いっぱいであまり好きな季節ではない。自分が生まれた季節でもあるのだけれど。

おそらく、そういう部分については多くの人が感じるのではないでしょうか?転勤、異動もあるでしょうし、子供たちは卒業や入学があって大きな不安と期待を抱えます。

この感じ、感覚というのは不思議なもので毎年やって来ます。例年四月の自分の誕生日に感じることが多いのですがこの感じは今年、少し早くやってきました。

大げさな事を言うようですが、「春」という季節、そして「桜」というのはほかでもなく、大げさでもなく変化と共に「人生」、そして「生と死」を喚起させる季節なのだからかもしれません。

安岡章太郎氏の文章で「春は残酷な季節だ」という言葉がありますが、春は別離の季節でもあり、出会い始まりの季節でもあるということを的確に表現されている文章である。

「始まりは痛みの季節」でもある。春には過ぎ去った季節の想いも自分の中で交錯します。それは変化なのだろうからよいこと悪いことも含むのだろうけれど、過ぎ去って還らないその季節達を強く感じることが「痛み」なのかもしれない。そしてめぐる季節がその「痛み」を和らげることもある。

自分の中で大きく変わったこともある。周りの仲間も変化も伴う。ありがたいことに自分の周りでは、喜ばしいことが多いのだけれど過ぎ去った季節の中には失ったものも多い。その「不在」の感覚を強く、桜の季節とともに感じることが多いのが「春」という季節なのかもしれません。桜は季節の巡りと共に、今年も満開に咲き誇ります。
そのなかで我々は、失わなかった大事なものと、新たに訪れるものを意識することができる。

「春の痛み」。そんなことを考えた朝でした。その「痛み」を感じることができるのは、案外素敵なことであるのかもしれない。春が来て、人が生きてその意味を追及していく時間。毎年やってくる「変化」を前に、そんなことを思いました。

人が「桜」を見たいのは、どこかでその「痛み」を感じながら自分を見つめたいのだからかもしれません。

 

 

 

川場スキー場、ひとり遊び

みなさまこんばんは。お暇な方の夜のお供「常酔亭日乗」です。週の半ば、みなさま如何お過ごしですか??

私はといいますと、はい、例のごとくスキー場におりました。今シーズン二度の「川場スキー場」での練習というか、遊びです。

DSC_0308 この先は立ち入り禁止。たぶんBCのコースだと思われます。今度ガイド付きでまた来よう!川場はBCもやってるとの噂です。

最近、谷川岳でバックカントリースキーの魅力にとりつかれて以来、なんとなく基礎練がバカバカしくなってしまい、惰性で滑る日々だったのですが、そういう態度はどうやら板にも伝わるらしく、ここのところ、ちゃんと板に乗れていなかったし、滑りも緩慢でした。

そんな自分を反省すべく、今日はしっかり基礎練習ということで整地でのショートターンからのコブ斜のちょい練を繰り返しておりました。真面目!!ひたすら真面目に!!

DSC_0310ピーカンの山々!

しかし、今日という日はアンラッキーでした。真面目に滑るために午後レッスンを申し込みにいったら「今日はレッスンお休みです」とのこと。

おーい、まだ3月だよー。教えてくれよー。いろいろ伸び悩んでるのだからー。思わず溜め息です。しっかし平日だからってレッスン無しってどういうことだ!!と怒っても仕方ないので昨日の夜に見たコブのレッスンビデオを思い出しながら、ひたすら孤独の旅路です。

天候はピーかん。雪質も悪くない。この辺は最近ラッキーが続いています。シーズンはじめの「ガス男」はもはや返上いたしました。

ひとり黙々と滑っておりますといきなりゲレンデに「ハッピーバースデイトゥーユー」が流れて、場内放送「埼玉県よりお越しの○○様、本日は誕生日おめでとうございます、川場スキー場一同お祝いもうしあげます!!ゲレンデで素敵な誕生日を!」
友人がサプライズでお願いしたのですかねえ。楽しそうです。でもお陰でおじさんの孤独感は増しました(悲) そういえば昔ガーラ湯沢でプロポーズってのもあったな。、、はいはい、みなさんおめでそう。

まあ、ここら辺はよしとしよう。楽しかったです。ちゃんと練習できました。久々に自分のポジションもよかったように思います。問題はここからです。

まず帰りのバス。集合時間を過ぎても平気で遅れてくるガキ共!! こういうのに一緒に乗り合わせると苛立ちマックス!! 僕は五分前の五分前行動を基本としているのでこういう集団行動を乱すやつには厳しいのです。おもいっきり睨んでやったら「チッス、なんかすんません(笑)」的なノリで乗車してきやがった!!遅れた分の貴重な俺の時間を返せ!!

この事件を皮切りにアンラッキーは続きます。発車して数分で、片目のコンタクトが取れました。真面目に滑ってたから乾燥しまくりでポロっと取れて無くしました。お陰でガチャ目になってしまい、続きを楽しみにしていた本も読めません。じゃあウォークマンで落語でも聞いて帰ろうかと思ったのだけれど、演目の「落ち」の前に電池が落ちました。残念な充電切れです。アンラッキーというか自業自得なのだけれど。発車一時間もしないうちにやることなくなりました。もうふて寝しかありません。でも行きのバスで爆睡したせいか、全く眠くありません。挙げ句の果てに大渋滞です。厳しい!!

そんな訳で現在、ガチャ目なのでよく見えてないけど暇なのでブログ書いてます。まだまだバスは到着しません。昼飯の抜いてビール一杯だけなので空腹マックスです。くそー頑張れ俺!  耐えろ空腹に!! 頑張って帰ります!
それではみなさん、おやすみなさい!
DSC_0311ぬくぬくの日向ぼっこビールは一人でも最高!!

日曜日の朝

みなさんは日曜の朝って好きですか?
僕はこの静けさが意外と好きで、疲れていても早起きして読書したりこんな風にブログ書いたりしています。特に今日みたいに天気のいい日の朝は格別ですな。

土曜に、フルに活動してのんびりする朝。コーヒーを飲みながら家族と談笑する朝。気が済むまで布団の中でぬくぬくと過ごす日曜の朝。どれも至福の時間です。
平日休みの仕事になり、いまでは日曜も出勤なのだけれど、やはり人の少ない朝に感じることは平日とは異なり少し特別なものです。仕事も週末のほうがそれなりきに忙しいのだけれど、この独特の空気と始まる1日はそれはそれでいいものです。

転じて、日曜の夕方はなかなか憂鬱ですが、朝からその話題はやめましょう。心地よい休日の朝。天気のいい休日の朝。とてもさわやかです。例えば恋人同士だったら土曜のデートの余韻があったり、僕のようなスキーバカだったら土曜の滑りを反省したり。そんな風にゆったりと振り返りの時間として有効なのが、日曜日の朝のような気がします。

そんな朝のお供にはビートルズの「HERE COMES THE SUN」ジョージのビートルズの代表曲です。

「リトルダーリン
人々の顔に笑顔が戻ってきた
リトルダーリン
ずっと長いこと太陽を忘れていたような気がする
さあ、ほら陽がさしこんできた
これで  きっともう大丈夫だよ」

日曜の朝、皆様に素敵な笑顔があふれますように。もうすぐ長い冬が終わります。暖かな春の日差しがこれからは戻ってきます。だからきっともう大丈夫。
素敵な日曜日を!

 

「目標」と「楽しみ」

さて、現在毎週のように、シーズンが終わることを恐れるがごとくスキー場に通い詰めているわけだが、今日の楽しい帰りのバスで「目標」と「楽しみ」ということについて考えてみた(ただ眠ってたわけではない)。

今日は、どピーカンのハンターマウンテンでの愉快な仲間五人での滑り。こんな日はとにかく気持ちよく楽しい1日だ。バスツアーなので気兼ねなくビールも飲めるし圧雪された長い距離のノンストップの滑りは気持ちよく、何にも代えがたい快感である。でも飲みすぎはよくありません。ビール飲みすぎてコブに入ると二つ目で勢いよく両足のスキー板外れるほどクラッシュするのでいい加減そういう飲みと滑りはやめましょう。

まあ、そういうのも含めて「楽しさ」ではあるのだけれど、やはりそれだけだと上達は難しい。具体的に「1級取得」「BCをもっと華麗に」といった目標があるとその日の練習にも力が入る。とはいえそういう「目標」だけにとらわれると、これまたただのスポーツの練習であって退屈でつまらなくなってしまう。やはり仲間との滑りや自然の中の疾走感を楽しむことを第一にしながら上達していくことがいいのだと思う。要はバランスの問題だ。たとえば「音楽」だったら「音を楽しむ」と書くけれど、それが「音が苦」になってはもともこもない。要は楽しんでなんぼである。楽しみながら好きなように滑りながら真剣に上達したいと思う。

きっと、本当の「楽しみ」は「目標」と「上達」の先にあるものなのだろうから!!

 

 

3.11 その日の自分

あの日から、3年という月日が流れた今日という日に、こうして投稿することに対して少なからず迷いがあったと言ったら嘘になる。

何を発信できるのか、そもそも一個人の思いの発信なんかに意味があるのか。それに対しての答えは無いと思うし、自分で決めることではないのかもしれない。けれどやはり、この日が近づくと当時のことを思い出すし、忘れてはならない自分の記憶であることは間違いない。それを整理し、自分のなかで考えることも「寄り添う」一つの形ではあると思いたいので、当時の「その日」の記憶を整理したい。

当時の僕は、茨城県のひたちなか市のとある工場で、資料の締め切りに追われて忙しく働いていた。しかしそれは突然やってきた。「ドンっ!」という音と大きな揺れ。机の下に潜り込み揺れが収まるのをまった。振動により壁ははがれおち、天井も崩落している場所もあった。3000人ほどが働く工場で怪我人が出なかったことは本当に運がよかったとしか言えない。あとでわかったことだがこの時点で工場は半壊していたのである。普段の避難訓練がこれほど大事だと思ったことはない。

そしてその日は現状をまったく理解できないままに自宅待機となったが、会社の寮に夕方に後輩と戻ってからもどうしようもない状況だった。寮の部屋は本棚が倒れ、机の上の物はすべて落ちて壊れ、部屋は悲惨な状況にあったが、物が少なかったおかげで、片付けは以外と早くできそうだった。しかしそれは後回し。電気もガスも水道もインフラはすべて止まっていた。必要なのは当座の食料。ダメもとで近所のスーパーへ後輩とかけていったらそこは感動の光景だった。電気が止まりレジが打てないスーパーは急きょ駐車場を売り場にし、並んでいる人平等に買えるように冷静に配分しながら日が暮れるまで営業していた。コンビニも同様だ。そこはまるで配給所のように行列ができ、真っ暗のなか市民のために店の営業を続けるスーパーとコンビニに感謝の言葉しか出てこなかった。

こういう非常時に本当に役に立つのが登山やアウトドアの道具だった。僕はヘッドライトで部屋を照らしながら、ガスバーナーでお湯を沸かすことができた。住んでいた寮は食事付きだったので、普段部屋には食料など何もない状態だったが、スーパーで手にしたカップラーメンを食べることができたのは登山道具のおかげだ。布団で暖が足りなければ、寝袋もある。それらの心強い道具たちが不安な気持ちを少なからずやわらげてくれたことは間違いない。

なんとか夜に通じた携帯で両親に無事を伝えたが、その後は電源を切って必要最低限の時以外は携帯の電池も使わないことにした。すると世界と寸断されたような気持ちになった。震源が東北だということはわかっていたがTVも無ければネットも無い。ラジオ機能がウォークマンについていたことが唯一の情報源だった。常磐線は動いている??常磐道は??そもそも会社はどうなっている?東北に住む仲間の安否は??みんなの家族は??明日からは?

ラジオの声に耳を傾けながら、不安を消したい一心で部屋にあった日本酒を飲み、暖をとり。ぐちゃぐちゃの部屋の中で過ごした一晩は登山でのソロテント泊なんか比較にならないほど不安で静かな夜だった。

眠ったか眠らなかったかわからない状況で夜明けを迎えた。その後、工場は三週間ほど操業停止となり、後輩とともに、少ないガソリンでなんとか高崎まで避難して新幹線で実家に避難したのである。

その日から、三年がたった。今の思いを書くことは難しいから、自分の2011年3月11日、1日の事実だけを整理した。自分のことを忘れたら、周りのことにも目を向けられなくなると思ったから。

その後、ボランティア活動で東北各地を訪れるようになったのは自分の周囲が落ち着いたと感じた一年後だった。そして目で見て現地で聞いた声は今でも鮮明に覚えている。あの日から、生きることを真剣に考えるようになった。真面目に未来を見るようになった。生きる意味を悩み悶えたときもあった。今、三年たってやっと自分のその道が見えてきた。早いようで長い三年間。人生観だけでなく、人生そのものが大きく変化した3年だった。今は、東北に行って直接支援することよりも、長い目でみたときの自分のやるべきことが見えつつあるので、そこに向かって進むことを優先させたい。

3.11を思い出し、その日を振り返ることはつまりは今の自分や日本を考えることになると思いたい。そしてそんな心の動き一つも「復興」の一部であると思っている。そこから何かにきっとつながっていくことを信じたい。

2014年3月11日23:30

 

自分の「物」との関わり方

みなさんは、身の回りにどんな「自分の物」がありますか?それはそのままその人の性格や、生活様式、趣味嗜好、そういったものに直結する場合が多いと思う。まあ、脈絡もなく物を所有してしまう人も多いとは思うけれど、今回はそういう例外的な人の話は除くこととする。

例えば、自分の部屋に限っていえば、本、CD、スキーや登山のアウトドアグッズ。これらに囲まれている。それ以外の物といえば机と箪笥とベッドくらいだ。持っているものだけで自分の生活の生き方すら説明できそうである。いまではスーツも全部片付けてしまった。とても狭い部屋だけれど、好きなものだけに囲まれているので当然のことながら居心地がいい。

とはいっても僕はそれほど多くの物を持っていない。必要最低限の物以外の「物」を増やすことは極力避けたいと常日頃思っている。そのため、一つ一つの道具との付き合いがどれもとても長い。ザック、登山靴、スキー用品。いつも限界ぎりぎりまで、修理もしながら使う。それでも、どうしようもなくなってその大切な「物」と別れなければならないときというのも少なからずある。そういう「物」との別れは特別であり、少し悲しい。

この夏に長く使っていたザックが修理不可能になり、泣く泣く処分したときは、そのザックとの思い出が多かった分なかなか悲しいものがあった。

そして今回の「物」とのお別れシリーズ第2弾は「ゴーグル」である。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA見事に回復不可能に折れてしまった。。

このゴーグルはその正確な期間は曖昧だが、おそらく8年の付き合いだったと思う。スノーボードを本格的に始めたころ、当時の自分としては(今でもだけど)結構な大枚をはたいて購入したこのオークリーのゴーグル。毎週のようにスノボに出かけていた時代を経て、1年前にスキーに転向してからも、毎週毎週お手入れしながら大事に大事に使ってきたゴーグル。初めて神田で買ったゴーグル。何度転んでも、クラッシュしてもその衝撃に耐えてきたゴーグル。でもきっとどこか疲れていたのであろう。先日のBC、谷川岳での度重なるクラッシュにこのご老体は耐えられなかったらしい。最後は予兆もなく「ポキ」って折れてしまいました。大往生です。多くのゲレンデ、山で活躍してくれました。お別れは悲しいです。

けれど、スキーに転向して本格的に滑りはじめたこのタイミング、いろんな変化を伴っている自分自身のこの1年をまるで象徴するような別れだ。潔いというかなんというか。本当にこの1年で大事に使ってきた多くの「物」が僕から離れていく。きっとそういう1年なのだろう。できれば離れて行くのは「物」だけであってほしいと思うこの1年でもある(笑)

いままで僕の目を守ってくれてありがとう。今日で君は引退です。でも次のゴーグルもオークリーにしました。これまた運命的な出会いです。次回のゲレンデから新しくそして長い付き合いがまた始まろうとしている。その先にどんな滑りやドラマが待っているのか、楽しみです。

みなさんも、身のまわりの「物」は大切に。愛着を持って物は使って自分のものにしていきましょう。なんの話かよくわからなくなりましたが、今日は少しの感傷とともにお酒を飲んでおります。

それではみなさんおやすみなさい。

俺はおじさんじゃない!! 雪猿in富士見パノラマ

はい!どーも!お暇な方の夜のお供「常酔亭日乗」です。

網笠山、権現岳、西岳、赤岳、阿弥陀岳、横岳、硫黄岳、天狗岳。はい、下記写真は富士見パノラマスキー場からのどピーカン八ヶ岳です。
DSC_0297

夏になったら登るぜ八ヶ岳。必ず来るぜい八ヶ岳。

それはさておき、今日は早起きして久しぶりの一人ゲレンデ。美しき八ヶ岳を正対に望めるスキー場です。

ゲレンデで更衣室に入った瞬間、いや、バスに乗ってる方々をみて最初に思ったこと。
それは「今日は一人で来てるおじさんが多いなあ」ってことだった。「みんなスキーが好きなおじさんなんだなあ」率直な感想だ。
が、しかし、いざゲレンデに着いてゴンドラに乗って大学生のカップルと外人のおじさん、そして僕の四人での乗車となったとき驚愕の事実にふと気付いてしまった!!

『俺もスキーが好きなおじさんだ!!』

やばい!  絶対そうだ。。大学生から見たら一人でスキーに来てる変わり者のおっさんである。いや、認めたくない。まだ、俗にいう「お兄さん」の範疇にいるはずだ!! そんなわけで朝一の滑りは若々しくノンストップ!!  「ふっ、おじさんは休み休みだろ。俺はノンストップお兄さんだぜ!」

昼飯抜いて生ビール飲んで「ぷふぁー!!」とか一人で言っててもお兄さんである。俺からみた完全なるおじさんと二人乗り合いのゴンドラになると必ず話しかけられてもお兄さんである。ゴンドラ五本目で足がつりそうになってもお兄さんである。バスの席が自由席で、おじさん、おじさん、おじさん、一個飛ばして俺、そんで俺の後ろから大学生でもお兄さんである!!

頑張れ俺!!

頑張れ「燃えるお兄さん!!」「あちゃー!お茶ー!玄米茶!! 」このクダリがわかるそこのあなた!!「おじさん」決定です。

年相応に頑張りますますか。でも年齢に抗う努力も忘れません。自分の進歩と退化を認めつつ、前に進んで行きましょう!!

想像以上にいいゲレンデだったなあ。。晴天の1日に感謝。もうすぐ35歳です。でもまだまだ「お兄さん」なのです!

春の山 (in富士見パノラマリゾート)

今日、明日と二連休をいただいたので久しぶりに日帰りスキーダブルヘッダー、今日はその初日である。そして久しぶりに一人ゲレンデだ。

スキーといっても、もう三月に突入したので「春スキー」といってもいいだろう。春のゲレンデをスキーで降りてくると、足元の雪はだんだん重くなり、べしゃべしゃに溶けた雪はまるで腐っているようになってくる。

それでも晴れているゲレンデに身を置いていると、その暖かな日差しによって自然の移り変わりに心を合わせ、その移ろいを感じることができる。とはいっても「もうすぐシーズンの終わりが近づいてきたな」「もうパウダースノーは楽しめないかなあ」といった少し、迷いににた心寂しい想いにかられる。まるで季節の終わりを宣言されているようでつらいものがある。

秋から冬への季節の移ろいというのはシーズンのはじめに対する期待と高揚感でテンションが上がっていく自分がいるのだけれど、冬から春への移り変わりは毎年やはりあまり好きではない。春生まれのくせに、春になじむのが遅いのだ。そのため、そんな気持ちにあらがうがごとく、シーズンぎりぎりまで雪山に滑りにいくことで、気持ちの整理をしているような気がする。

今シーズンはスキーを通じて、新たな人との出会いもあり、シーズンを例年以上にとても楽しめている。上達も少しはしているだろうし、山スキーという新たな世界へ足を踏み入れてしまったことも大きい。スキーというジャンルのなかにおいて、いろいろなことに挑戦できているような気がする。春のスキーの楽しみというのもまた今年新しくできるかもしれない。奥只見や月山、自分の意志さえあればGW過ぎまでシーズンを楽しむことができるのだ。そして、今シーズンを最後まで怪我なく(もう若干の故障はしてるが)終えることができれば、今度は春の登山シーズンがやってくる。そして激しい夏山登山への準備が始まる。

もう少し続く、スキーのシーズンを満喫して充実した休日を送っていきたい。
それでは今日も行ってきます!!皆様も今日も1日お元気で!!