山に籠りて。


昨日まで山に籠っていた。

下山して街に戻ると思う。「街は便利だな」って。山のなかでは不便が当たり前で便利なことなどなにもない。衣食住を山にいる間に事足りるよう持ち歩き、その自分が背負える範囲で生活というか行動する。その究極に限定された数日は、とても不便だけれど、生きている実感が強い。

山での数日間は人間というか「生き物」になったような感覚だ。不便のなかで人間の感覚は研ぎ澄まされ、そこから知恵や生き伸びる力が創造され進歩してきた人間。不便のなかから生まれることは多いし進化の絶対的な一因であると思う。
だからこそ山に籠って不便と共に過ごしてと思うことは、逆に「便利になることで人間が失ったものも多いのでは?」ということ。大袈裟だけれど進化や文明の発達で、人間そのものの生命力という観点では失ったもの多いような気がする。きっと昔の人より現代人は生きる力は弱いと思う。寿命が延びたとかそういうこととは違う、人間がそもそも持ち合わせている生き延びる力みたいなもの、そういうところだ。

たまに山に籠って「生きる力」が強いということはどういうことかを考えたり感じたりすることも一つ、大きな登山の魅力なのかもしれない。

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