平日の午後


平日の午後に休んで家にいると、自分の普段とは違う日常が流れていることを実感する。そしてそれは仕事に追われる日常とは異なり、こんなにも時間というのはゆったりと流れているものなのだと気付く。近所の高校からは吹奏楽部の練習の音が聞こえ、下校中の子供達の声が聞こえてくる。スーパーの店内は夕方の買い出しで慌ただしかったけれど、買い物に行って帰ってきても、たかだか30分だ。 同じ30分でも会社にいたら全く違うスピードで時間は流れていく。

よく「時間活用術!」「スキマ時間を有効に!」と世の中は効率よく物事を進めることがいかにも大切で重要なことだと声々に叫ばれているけれど、果たしてそれは正しいことなのだろうか?確かに仕事を効率よく進めることは大事だし必要なことだ。けれどその考え方だけに支配されて、日々の時間を埋めることだけに生活が支配されていたとしたらそれはとても窮屈だ。そこから豊かな発想や想像は生まれない。考え方の幅も、時間を埋めていくことに支配されて逆に拡がらないだろう。おおいなる無駄から生まれるなにかもあるはずだと思いたい。

決して時間活用術を否定する気はない。けれど、「ああ、今日の夕陽は綺麗だな」 と思える余裕や、「自分の部屋からもこんなに綺麗な夕陽がみえること」に対する気付きくらいはもてるような、心にゆとりをもった時間の流れを自分の中に持ちたいものである。


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