変わりゆく街


僕がこの街に来て、17年が経った。数年間離れていた時期もあったが、今はまたこの街にいる。

古くからあるこの商店街は、時の経過と共に表情を変えてきた。いつのまにか閉店する店、そしてそこに新しくできる店。

昔の駅から家までの一本道の途中には、毎日足を運びたくなるような店があった。

けれど、古い酒屋はコンビニに変わり、この街で独特の存在感があった家具屋や履き物屋は、居酒屋チェーン店のような、どこにでもある店に変わってしまった。

時間や時代の流れに耐えきれなくなった個性溢れる個人商店が、一店、また一店と姿を消していき、商店街の表情から個性が失われつつあるのはとても切ない。

個人商店にはその店を表す、まさにその店の顔である個性溢れる店主がいた。

一声も喋らない古本屋のおじいさん。店の前でただただ煙草を燻らす強面のオヤジ等。取っ付きにくかったけれど何故か不思議と惹き付けられる魅力があった。

 

お金がない大学生の時、とても小さい商店街の古本屋に僕は通い詰めていた。天井付近まで本は積み上がり、客が勝手に脚立を立てて本を取る。

ほこりの匂い、空気感、そして店主の文芸好きを感じる個性ある本棚が僕は好きだった。時代物から純文学まで。日焼けした全集は何十年も売れていないのだろう。

いつのころからかその本棚のラインナップはほぼ暗記してしまい、大学生協と値段を比較しながらいつも買う本を選んでいた。

勿論店主と話したことはない。一年で100日弱は足を踏み入れていたとしたら店に入ったのは3〰400回かもしれない。

それだけの回数通っていたのだけれど、ただの一度もお互い話しかけることも話しかけられることもなかった。「これ、、、そうだな、、300円」「はいお釣り200円」交わす言葉はいつもこれだけ。

無愛想な老翁が手にして老眼鏡で読んでいたのはいつも純文学だった。もしかしたら若いころに読んだ本を読み返しているのかもしれないと、僕は勝手にいつも想像していた。

そんな老翁、無口な店主とただ一度だけ言葉を交わしたことがある。

当時僕はバイトで稼いだお金を握りしめ、自分としては少し背伸びした感のある作家の全集を買いにいった。近所だけど、持ち帰れるようかなり大きなリュックを背負って。その全集が何千円だったのか、一万円くらいしたのかは今となっては定かではないが、大分背伸びした額の買い物だったことは覚えている。意を決して老翁の前に持っていき、なにも言わずにお金を渡そうとしたその時、

「これ、全部で500円でいいよ」
「え?」僕は耳を疑った。普通に人気の作家だし、神保町の古本屋ではありえない値付けだ。
「いや、、でも、、」僕は困惑した。
「いいんだよ、好きなんだろ、その作家」いつも僕が買う本をなんとなくチェックしていたのかもしれない。ありがたく甘えさせてもらった。急に交わされた会話への困惑、なんとも不思議な気分の中で。

 

その一週間後、いつもの翁の席には少し若いおじさんが座るようになった。さらに一か月後、店が開く日が少なくなった。

しばらくたったある日、店には「忌中札」がはられていた。

 

その日から今日まで店のシャッターは閉じられたままだ。

読み終わらない日焼けした全集は、今も僕の本棚で街の西日を浴びている。

IMG_20151013_231619

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です